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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)3822号 判決

東京都千代田区神田鍛冶町一丁目一一番地

原告

株式会社太陽商社

右代表者代表取締役

宗方丈夫

右訴訟代理人弁護士

広瀬武文

東京都杉並区高円寺五丁目八四六番地

被告

朝日化工株式会社

右代表者代表取締役

藤原誠

右訴訟代理人弁護士

伊藤敬寿

松本嘉市

被告

右代表者法務大臣

愛知揆一

右指定代理人

法務省訟務局第五課長

堀内恒雄

法務事務官

小林忠之

東京国税局大蔵事務官

五十嵐文男

右当事者間の昭和二八年(ワ)第三八二二号土地建物所有権移転登記、土地建物明渡、動産引渡請求事件につき、次のとおり判決する。

主文

原告の被告国に対する訴を却下する。

原告の被告朝日化工株式会社に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告朝日化工株式会社は、原告に対し、(一)、別紙目録第一記載の土地、および同目録第二記載の物件につき、東京法務局杉並出張所昭和二七年七月一日受付第一二一一〇号、代物弁済契約による所有権移転の請求権保全の仮登記にもとずく所有権移転の本登記手続をし、(二)、右土地、および建物を明渡し、(三)、同目録第三、第四各記載の動産を引渡し、もしその引渡ができないときには、金十万円を支払うべし。被告国は、(一)、別紙目録第一記載の土地、および同目録第二記載の建物についてした差押処分を解除し、(二)、右建物について、東京法務局杉並出張所昭和二七年一〇月九日受付第一九一九一号をもつて被告国のためにされた差押登記の抹消登記手続をすべし。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決、ならびに被告朝日化工株式会社に対する右(二)、(三)の請求部分につき、仮執行の宣言を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

原告は、被告朝日化工株式会社(以下被告朝日と略する。)との間に、同被告の製造するアルカリパルプの販売権の獲得、および被告の事業に必要な資金の供与に関し、昭和二六年八月一日次のような内容の契約を結んだ。

(一)、被告朝日は、自已が製造するアルカリパルプの販売権を原告に与え、原告は同被告に対し、事業に必要な資金を供与する。(二)、契約の期間を、昭和二六年八月一日から昭和二七年七月三一日までとし、その間に被告朝日が原告に対して負担することになる一切の債務を担保するため、同被告所有の別紙目録第一ないし第四記載の不動産、および動産(以下本件各物件と略称する。)について金二百五十万円を限度とする根抵当権を設定する。(三)、被告朝日が右債務を履行しないときは、原告は、右各物件を販売の方法により処分してもよい、また任意の方法によつて処分することもできる。その処分の方法、時期、価格などは、原告がこれを決定し、被告はこれに対して異議を述べない。(以下この契約を、本件第一の契約と略称する。)

右(三)、の条項は、原告と被告朝日との間における、同被告に債務不履行があつたときには、原告の意思表示により、債務の弁済に代えて右各物件の所有権を原告に移転するという、代物弁済の予約をも含むものである。

その後、原告は被告朝日との間に、次の二つの契約を結んだ。

一、昭和二六年八月一八日、被告朝日は原告に対し、アルカリパルプ六〇トンを代金四百四十七万八千二百八円で売渡し、同月末日までに五トン、同年九月末日までに二五トン、同年一〇月末日までに三〇トンをそれぞれ引渡すこととし、同被告がその債務を一部でも履行しないときは、原告がいつでもこの契約を解除できる旨の特約をつけた売買契約。(以下本件第二の契約と略称する。)

二、同年八月二一日、被告朝日の工場増設資金として、原告が同被告に対し、同年二三日に弁済期を同年一〇月一八日として金百万円を貸与する消費貸借契約の予約(以下本件第三の契約と略称する)

そして、右各契約から生ずる被告朝日の債務については、いずれも本件第一の契約の条項を適用する旨の合意がなされた。

そこで原告は被告朝日に対し、本件第二の契約にもとずき、

(イ)  昭和二六年八月二二日、売買代金の前渡金として金百万円をまた、(ロ) 同年一〇月二二日、同じく前渡金として原告振出の約束手形三通(金額五十万円、三十万円、二十万円の各一通)により計百万円を交付し、本件第三の契約にもとずき、昭和二六年八月二三日、融資金として金百万円を貸付けた。

ところが被告朝日は、右各契約から生じた債務を履行しないのである。すなわち、

(1) 本件第二の契約については、被告朝日は、引渡期日までに約束どおりの数量のアルカリパルプを引渡さず、これを過ぎた昭和二六年一二月二〇日になつて、ようやく一万二千百九十六・一ポンドのアルカリパルプを引渡しただけであつた。そこで原告は、この契約にある約定解除権留保の特約にもとずき、同被告に対し、昭和二七年二月中に本件第二の契約を解除する旨を通知した。かりにこのとき解除されなかつたにしても、原告は同年六月五日にこの契約を解除する旨を通知しているから、本件第二の契約は、おそくともこの日には解除されている。被告朝日は、この契約にもとずき、前に述べたように(イ)、(ロ)の売買代金の前渡金合計二百万円を原告から受取つているのであるから、契約が解除された結果、これを原告に返還すべき義務を生じた(ただ、原告も同被告に対して、引渡を受けたアルカリパルプについては代金支払の義務があるわけであるから、債権額計算の際にはこれを差引くこと後述のとおりである。)

(2) また、本件第三の契約にもとずき、被告朝日が原告から受取つた融資金百万円については、その弁済期である昭和二六年一〇月一八日になつて、同被告が弁済の猶予を求めて来たので、原告は同年一一月一六日まで猶予することを承諾した。しかし同被告は右期日を過ぎてもその支払をしない。

右に述べたほか、原告は昭和二六年一二月頃、被告朝日の依頼により、都留木材株式会社から、原木パルプ一〇五・二一石を単価一石あたり千百円、代金十一万五千七百三十一円で買いうけ、さらに右原木全部を、中野駅までの鉄道運賃は同被告が負担する旨の特約のもとに、右同額の代金で同被告に売渡したのであるが、その代金のうち金五万円は、同月一一日被告朝日から弁済を受けたので、残代金六万五千七百三十一円と、右特約にもとずく鉄道運賃九千八百円との合計金七万五千五百三十一円の債権を同被告に対してもつているが、同被告はこれを履行しない。

右のように、原告が、被告朝日に有する債権の総額は、金三百七万五千五百三十一円であるが一方原告は同被告に対して次のような債務を負担している。

(1) 本件第二の契約にもとずき、原告は被告朝日から前に述べたように一万二千百九十六・一ポンドのアルカリパルプの引渡を受けているのであるが、その品質が悪く、原告が転売先から契約を解除され、また期限を徒過しているうちに市価が下落して、当初の約束であつた一ポンドあたり三十三円三十二銭の単価を引下げなければ、原告として他に転売することができなくなつたので、原告は、被告朝日の諒解を得たうえ、単価を引下げて二十三万八千七百四十四円で右アルカリパルプを丸三製紙株式会社へ売却した。この金額がそのまま原告が同被告に支払うべき右アルカリパルプの代金額となる趣旨であつたから、原告は引渡を受けたアルカリパルプの代金として金二十三万八千七百四十四円を同被告に支払わなければならない義務があることになる。

(2) 昭和二六年一〇月二三日、原告は被告朝日の申入にもとずいて同被告の経営を健全化するために、同被告の計理事務を一時管理した。そうして原告が管理している間に原告の処理した収支関係は、別紙計算表のとおりで、昭和二七年五月三一日現在における、預り金と支出額との差額は金七万一千七百三十円となるから、原告は、この金員を同被告に返還しなければならない義務があることになる。

以上、原告の被告朝日に対する債務の合計は、昭和二七年五月三一日現在で金三十一万四百七十四円となつており、これを前記原告の同被告に対する債務総額から差引くと、結局、同日現在で、原告は被告朝日に対し金二百七十六万五千五十七円の債権をもつており、同被告はこの金額につき支払を怠つていたことになるわけである。原告は、すでに昭和二七年二月頃から被告朝日に対し、原告と同被告との間の債権債務関係については、協調的の解決方を要請していたが、同被告は誠意を示さないので、同年六月五日に至り、原告は、本件の契約にもとずき、本件第一各物件を土地二十一万円、建物十万八千四百三十円、動産十万円、合計四十一万八千四百三十円と評価したうえ、同日現在の被告朝日に対する債権(これは前記昭和二七年五月三一日現在における債務額と変らない。)二百七十六万五千五十七円の一部の代物弁済として取得する旨を同被告に対して意思表示した。これより原告と被告朝日との間の本件第一の契約にもとずく代物弁済の予約は完結され、本件各物件の所有権は同日から原告に帰属したのである。

なお原告は、本件各物件につき、昭和二八年八月二三日に根抵当権設定の登記をしていたが、さらに昭和二七年六月二六日にはそのうち土地、および建物につき、仮登記仮処分命令を得て、東京法務局杉並出張所同年七月一日受付第一二一一〇号をもつて、代物弁済契約による所有権移転の請求権保全の仮登記をすませた。

このように、本件各物件は原告の所有するところとなつたにかかわらず、被告朝日は本件各物件をひきつづき占有し、そのうち土地と建物については、原告に対し所有権移転の本登記手続をしないし、その明渡をせず、また動産についてはその引渡をしない

よつて原告は、被告朝日に対し本件各物件の所有権にもとずき別紙目録第一記載の土地、および同目録第二記載の建物につき、前記仮登記にもとずく所有権移転の本手続をしてこれを原告に明渡すべきことを求め、また同目録第三第四の動産を原告に引渡すべきことを求める。なお右動産については、原告はまだその引渡を受けていないから、所有権を取得したことを第三者に対抗することができないので、もし右動産が第三者の占有に移り、同被告としてこれを引渡すことができなくなつたときは、これにかわる損害賠償として金十万円の支払を求める。

ところで被告国は、原告が本件物件の所有権を代物弁済として取得した後である昭和二七年七月一一日に、被告朝日が滞納していた源泉徴収所得税、法人税、およびその加算税の総額金百十二万千百六十三円にもとずき、本件各物件を差押え、そのうち建物について、同年一〇月九日、東京法務局杉並出張所受付第一九一九一号をもつて、差押えの登記をした。

しかしながら前に述べたように、右差押えの当時本件各物件の所有権はすでは原告に移つているのであつて、ことにそのうち不動産については、差押え前である昭和二七年七月一日に原告のため所有権移転の請求権保全の仮登記がされており、原告は本訴で被告朝日に対し所有権移転の本登記手続をすべきことを求めているのであるから、もしこの請求が容れられて本登記がすまされると仮登記の日にさかのぼつて所有権取得の順位が保全される結果として、原告は、仮登記のされた日以後は、何人に対しても所有権を取得したことを主張できることとなる。したがつて原告は、被告朝日に対し所有権移転の本登記手続をすべきことを求めている本訴において、同時に、本件各物件の所有権にもとずき、その妨害となる一切の障害を排除することを求めることができるものといわなければならない。そして本件各物件につき、被告国によつてされた差押え、およびそのうち建物についてされた差押えの登記が右各物件の所有権を行使するにあたり障害となることは明らかであるから、原告は被告国に対し、本件各物件のうち、土地と建物の所有権にもとずき、右差押え処分を解除することを求め、また建物についてされた差押え登記の抹消登記手続をすべきことを求める。

なお、被告朝日の主張事実中、本件第一の契約のなかに、被告の主張するような(イ)ないし(二)などの趣旨を定めた条項が含まれていることは認めるが、これらの条項は、もともと同被告の承諾と納得のうえで決められたものであつて、いずれも原告の債権を担保するためには当然の事がらであるから、なんらの公序良俗に反するものではない。

以上のとおり述べ、証拠として、甲第一ないし第六号証、同第七号証の一ないし五、同第八号証、同第九号の一、二、同一五ないし第一八号証、同第一九号証の一ないし六、同第二〇号証を提出し、証人木村弘、同石井冽、同入江久夫、同柳田健、同古田温の各証言、および鑑定人大宮儀の鑑定の結果のうち本件各物件中動産に関する部分のみを援用し「乙第三号証の一、同第五、六号証、同第七号証の一ないし五が、いずれも真正にできたかどうかは知らない。その余の乙号各証がいずれも真正にできたことを認める。」と述べ、なお、乙第一号証、同第三号証の二、同第四号証、同第八号証をいずれも利益に援用した。

被告朝日訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。原告と被告朝日との間に、原告の主張する本件第一の契約が結ばれたこと(ただし、この契約によつて原告と被告朝日との間に代物弁済の予約がなされたものではない。)同じく本件第二、第三の各契約が結ばれたこと、右契約から生ずる被告朝日の債務については、いずれも本件第一の契約の条約の条項を適用する旨の合意があつたこと、被告朝日が原告から、本件第二の契約にもとずき昭和二六年八月二二日に売買代金の前渡金として金百万円を、また本件第三の契約にもとずき同月二三日に融資金として百万円をいずれも受取つたこと、被告朝日が原告に対し、本件第二の契約に定めた約束どおりにアルカリパルプを引渡さなかつたこと、原告が本件各物件につき、昭和二六年八月二三日に根抵当権設定の登記をしていたが、さらに昭和二七年六月二六日、そのうち土地、および建物につき仮登記仮処分命令を得て、原告主張のように同年七月一日附で、代物弁済契約による所有権移転の請求権保全の仮登記をすませたこと、および現在被告朝日が本件各物件を占有していることは、いずれもこれを認めるのが、その余の事実はすべて否認する。原告と被告朝日との間には、本件各物件につき代物弁済の予約はされていなかつたし(かりに予約があつたにしても後述のように無効がある。)原告が本件各物件を代物弁済で取得したと称する昭和二七年六月五日当時、同被告は原告に対してなんら債務不履行がなかつたのであるから、原告が右各物件の所有権を代物弁済として取得するいわれがないのである。これを詳しく述べれば、

一、まず原告の主張する本件第一の契約の中には、代物弁済の趣旨の定めが全くないのであるから、この契約により原告と被告朝日との間に、本件各物件につき代物弁済の予約がなされたことにはならない。

かりに、本件第一の契約中、原告の摘示する契約条項により代物弁済の予約がなされたものとすれば、このような契約は、次に述べる理由により無効である。

(一)  右契約条項は、原告が被告朝日の立場を全く無視して、ほしいままに本件各物件を処分でき、しかもその価格をどのように低く見積ろうとも、同被告としてはこれに従わざるを得ないという意味のものであり、このような内容の契約条項は、一方的に原告にのみ有利なものとして、公序良俗に反する。現に本件各物件の昭和二七年六月当時の時価は、四百五十万七千三百七十円であつたのに、原告はこれをわずか四十一万余円に評価したと主張しているのである。

(二)  右本件第一の契約の中には、右の条項のほかにも、

(イ)、原告はその都合により、いつでも融資の限度額を減少し、または取引を中止することができる。

(ロ)、本件各物件もしくはその価格が減少したり滅失したりしたときは、その原因がどうであろうと、被告朝日はただちに担保物を増すか、代りの担保を提出し、もしくは債務の全部または一部を弁済する。

(ハ)、本件各物件が焼失したときは、原告が火災保険金を領収し、債務の弁済期前であつても、これを弁済に充当することができる。

(ニ)、原告において、被告朝日が支払不能の状況にあると認めたときは、同被告は期限の利益を失い、ただちに債務の全額を弁済する義務を負う。もしこの義務を怠つたときは、原告が抵当権実行、その他任意の方法で本件各物件を処分できるなどの趣旨の条項が含まれており、これらは被告朝日の意思を全く無視して、不当に原告の利益のみをはかるものであるから、このような条項を含む本件第一の契約は、その全体が公序良俗に反するものであるといわなければならない。

一、かりに原告朝日との間に代物弁済の予約が有効であるとしても、同被告は昭和二七年六月五日現在、原告に対してなんら債務の履行を怠つていなかつたから、原告には代物弁済の予約を完結する理由がない。すなわち、

(一)、本件第二の契約について、被告朝日は原告から昭和二六年一〇月二二日、売買代金の前渡金として、原告振出の約束手形三通で計百万円を受取つたことはない。というのは、原告は同年一〇月一八日、自已の債権を確保するためと称して被告朝日の業務を全面的に管理することを開始し、同被告の小切手帳、社印、社長印を取り上げ、原告会社社員を同被告会社に常駐させて、同被告の業務一切を自ら運営するに至つたのであるが、その管理の費用にあてるため、同月二二日、原告の主張する合計金額百万円の約束手形三通(金額五十万円、三十万円、二十万円の各一通)を被告朝日にあてて振出し、これを同被告に取引銀行で割引させたうえ、その全員をそのまま自ら取得してしまつているからである。

また、被告朝日が原告に対し、約束どおりのアルカリパルプが引渡せなかつたことは事実であるが、原告は当初、アルカリパルプの販売権を取得して、同被告に対し融資をする契約をしておきながら、前に述べたように同被告の業務を管理して、同被告がアルカリパルプを自由に生産することを許さず、またアルカリパルプの引渡を同被告に対して求めて来たことなどは全くないのであるから、同被告が本件第二の契約に定めたとおり引渡をしなかつたというだけで、債務不履行があつたことにはならない。

しかも、本件第二の契約のうち、約定解除権を留保する旨の特約の部分は、原告にのみ一方的に有利なことを定めたものであるから公序良俗に反し無効である。かりにこの特約が有効であるとしても、この特約により契約を解除する場合には、相当の期間を定めて履行を催告することが必要であると解すべきことが条理上当然であるのにかかわらず、原告は一度も催告したことがなく、昭和二七年二月中に、一方的に、今後アルカリパルプを買受けない旨を申入れて来ただけである。したがつて、本件第二の契約は、まだ有効に解除されていないのであるから、被告朝日は原告から受取つた売買代金の前渡金を返還する義務がないのである。(かりに、被告朝日が原告から受取つた売買代金の前渡金を返還する義務があるとしても、同被告は原告に対して本件第二の契約にもとずき、原告の主張する一万二千百九十六・一ポンドのほかに、さらに四千八百九十・一ポンドのアルカリパルプを引渡しており、その売買代金の単価は、当初原告と同被告との間で一ポンドあたり三十三円三十二銭とする約束であつたのだから、原告に引渡したアルカリパルプの総量をこの単価で計算すると、金五十六万九千三百四十二円端数切捨となるから原告の債権額を計算するにあたつては、原告の主張する金二十三万八千七百四十四円でなく、この金額が差引かれなければならない。)

(二)、本件第三の契約にもとずき、被告朝日が原告から昭和二六年八月二三日に受取つた融資金百万円については、その弁済期である同年一〇月一八日に、一応弁済期を同年一一月一六日に延期するということで、同被告から原告に対し、同日を満期とする約束手形を差入れたのであるが、これは原告の申出により、原告の業務整理の必要上、このような形式をとつたまでのことであつて、実際には、原告から、被告朝日の生産が上昇したときに支払つてもらえばよいとの諒解を得、期限の定めをしないで、弁済の猶予をしてもらつたのであるから、被告朝日は現在まで、この百万円の支払を怠つていることにはならない。

(三)、原告が主張する原木パルプ一〇五・二一石の売買については、前に述べた原告の業務管理中に、原告が自己の責任と計算において都留木材株式会社から買入れたものにすぎず、被告朝日がこれをさらに原告から買入れたこともないから、原告の主張するような債務は存在しない。

なお、原告が主張する、別紙計算表のような収支関係も、同じく原告の業務管理中に行われたことであつて、被告朝日にはなんら関係のないことである。

三、かりに、原告が代物弁済の予約を完結するについて、理由があるとしても、昭和二七年六月五日に原告の主張するような予約完結の意思表示がされたことは否認する。

以上の理由により、本件各物件の所有権が原告に移転したことを前提とする、原告の請求は失当である。

このように答弁し、証拠として、乙第一号証、同第二、三号証の各一、二、同第四ないし同第六号、同証第七号証の一ないし五、同第八号証を提出し証人阪井徳次、同久松亀治、同渡辺博、同木村弘、同高橋竜三郎の各証言、鑑定人大宮儀の鑑定の結果、および被告朝日代表者藤原誠の尋問の結果を援用し「甲第九号証の一、二、同第一五ないし第一八号証がいずれも真正にできたかどうかは知らない。その余の甲号各証がいずれも真正にできたことを認める。」と述べた。

被告国指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。原告が本件各物件につき、昭和二六年八月二三日に根抵当権設定の登記をしたこと、そのうち土地、および建物につき、昭和二七年六月二六日に仮登記仮分命令を得て、同年七月一日代物弁済契約による所有権移転の請求保全の仮登記をすませたことおよび被告国が原告主張のように昭和二七年七月一一日本件各物件を差押え、そのうち建物について差押えの登記をしたことはいずれもこれを認めるが、被告国が本件各物件を差押える前に、原告がその所有権を取得していたことは否認する。その余の事実は、いずれも知らない。

原告は被告国に対し、同被告のした右差押処分を解除すべきことを求めているが、この訴は不適法である。というのは、国税滞納処分としての差押えを解除することは、その差押えをした行政庁(本件の場合は杉並税務署長)の権限に属する行政処分であり、一般的に行政庁に対して行政処分をなすべきことを命ずる裁判を求める訴は、三権分立の建前から許されないものというべきであるからである。

また、被告国に対して差押え登記の抹消登記手続を求める原告の請求については、かりに原告が主張するように、被告国の差押え前に本件各物件の所有権を取得していたとしても、原告は、右所有権の取得につき対抗要件を備えていないから、これをもつて差押え債権者である被告国に対抗することができず、これもまた失当であるといわなければならない。なぜならば本件各物件のうち不動産については原告主張のような仮登記がされているけれども、仮登記は本登記の順位保全の効力をもつにすぎず、対抗力はあくまでも本登記の時から生ずるからである。したがつてまだ本登記がされていない現在では、原告が被告国に対し、本件各物件の所有権を主張して差押え登記の抹消を求めることはできないものといわなければならない。

このように答弁し「甲第七号証の一ないし五、同第一〇ないし第一三号証、同第一四号証の一、二がいずれも真正にできたことを認める、その余の甲号各証(ただし甲第一九号証の一ないし六、同第二〇号証をのぞく。)が、いずれも真正にできたかどうかは知らない。」と述べた。なお甲第一九号証の一ないし六、同第二〇号証については、それが真正にできたものかどうかにつき、認否をしない。

理由

まず、原告の被告国に対する請求について判断する。

原告は、被告国が、被告朝日に対する国税滞納処分として本件各物件を差押える以前に、右各物件の所有権を取得したことを主張し、その所有権を行使するにあたり、右差押えと建物に対する差押えの登記がその障害となることを理由として、本件各物件の所有権にもとずき、被告国に対し、右差押え処分を解除すべきこと、および差押えの登記の抹消手続をすべきことを求める、というのである。しかしながら、被告国が、国税滞納処分として差押えをし、または差押えの解除をすること、あるいは差押えの登記の嘱託をし、またはその抹消登記の手続をすることは、すべて公法上の法律行為に属する行政行為であつて、これをするかしないかは、すべて被告国の機関である当該行政庁の専権に属するものであるといわなければならない。原告の右のような請求を内容とする訴は、まさに被告国に対して行政行為をなすべきことを命ずる裁判を求めるものであるから、三権分立の建前をとる現行法制上許されないものと解すべきである。よつて、原告の被告国に対する本訴は、その内容に入つて判断するまでもなく不適法であることが明らかであるから、これを却下することにする。

次に、原告の被告朝日に対する請求について判断する。

原告と被告朝日との間に、同被告の製造するアルカリパルプの販売権の担保、および同被告の事業に必要な資金の供与に関し、昭和二六年八月一日、本件第一の契約が結ばれたことは原告と被告朝日との間に争いがない。

原告は、右本件契約を結んだ際、原告と被告朝日との間に、同被告に債務不履行があつたときには、原告の意思表示により、債務の弁済に代えて本件各物件の所有権を原告に移転するという、代物弁済の予約がされ、その趣旨を右契約中「被告朝日が債務を履行しないときには、原告は、右各物件を競売の方法により処分してもよいし、また任意の方法によつて処分することもできる。その処分の方法、時期、価格などは原告がこれを決定し、被告朝日はこれに対して異議を述べなさい」旨の条項によつてあらわした、と主張するが、右条項があることだけで、原告の主張するような代表弁済の予約がされたものと認めることはとてもできないし、ほかにまた、右主張事実を認めるに足りる信用すべき証拠はない。

そうだとすると、原告と被告朝日との間に代物弁済の予約がされたことを前提とする原告の同被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石橋三二 裁判官 吉田武夫 裁判官 石田穰一)

目次

第一、

東京都杉並区高円寺五丁目八一四番の一

一、宅地八五坪五合一勺

東京都杉並区高円寺五丁目八一四番の四

一、宅地二〇坪

第二、

東京都杉並区高円寺五丁目八一四番地

家屋番号 同町八一四番

一、木造瓦葺二階建事務所 一棟

建坪 一一坪七合五勺

二階 一一坪五合

以下附属

一、木造瓦葺平家建工場 一棟

建坪 三九坪七合五勺

一、木造瓦葺平家建工場 一棟

建坪 二二坪

第三、

東京都杉並区高円寺五丁目八一四番地

家屋番号 同町八一四番

附属

一、木造瓦葺平家建工場 一棟

建坪 二二坪内備付

〈省略〉

第四、

東京都杉並区高円寺五丁目八一四番地

家屋番号 同所八一四番

附属

一、木造瓦葺平家建工場 一棟

建坪 三九坪七合五勺内備付

〈省略〉

以上

計算書

一、預り金

金三十万円 被告朝日から預つた分。

金四千三百円 三光化学株式会社からのカセイソーダ過払戻分。

合計金三十万四千三百円。

二、支払額

金二万円 昭和二六年一一月七日、ナツパー用カツター二枚の買入代金、および蒸溜釜修理費

金六万三千円 三光化学株式会社から買受けた固型カセイソーダ一トンの代金

金三万九百十円 昭和二六年六、七月分の健康保険料(金二万一千三百六十円)同じく年金料(金七千六百八十円)および送料(金一千八百七十円)

金三万六千七百二十五円 昭和二六年一二月四日パルプ雑費。

金五万円 昭和二六年一二月一一日都留木材株式会社から買受け、被告朝日に売却した原木パルプ一〇五・二一石の代金十一万五千三百三十一円の一部弁済金。

金四千五百七十五円 右原木を中野駅から被告朝日工場まで運搬した費用。

金三百六十円 原告会社雑貨課に払つた分。

金二万七千円 被告朝日についての諸掛費用

合計金二十三万二千五百七十円。

以上預り金と支払額との差額は、金七万一千七百三十円。

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